昨日の記事で切に願った通り、今日は大雨の日曜日だった。

そして、午後は気がついたら3時間も昼寝をしていた。

私そんなに疲れてた?寝不足だった?よくよく考えてみたら、私にはやるべきことも、やりたいこともあまりない。

だから3時間も寝てしまった。起きてもやることないから、寝続けた。

急に不安になった。人間として大人として、このままで大丈夫か?ほぼ一日、インターネットと昼寝で過ごした38歳ってどうなんだ?

そう、最近の私はインターネットが一日の時間の大半を占める。それ以外、することもしたいことも思いつかないから、正直消去法でのインターネットだ。

そもそも、インターネットがない時代の主婦は、一日何をしていたんだろう?

私の母の姿を思い返すと、そういえば常に何かしていた。具体的に何をしていたのかは思い出せないが、常に何かをしていた。丸一日、寝そべってテレビを見ていたことなんて見たことない。昼寝をしているところだって、そういえば見たことがない。

こう書くと「素敵なお母様」に聞こえるが、どちらかというとおっちょこちょいで、ミスの多い、世話の焼けちゃう母だ。それでも今の自分と比べると、大人としてちゃんとしてたんだなあ。

インターネットがあるから、私は日本からも仕事がもらえるし、遠く離れた国に暮らしていても、家族や友人といつでも繋がることができる。

インターネットのおかげで、豊かな経験や知識を享受しているのだろうか。インターネットのせいで、知らぬ間に多くのものを失っているのだろうか。

このパンデミックの影響で、仕事も学校の授業も、他人との社会的繋がりも、食品や薬の注文も、ほぼ全てがインターネットに頼りきったシステムになり、全生活の中でのインターネットの存在が、とんでもなく強大になったことは確かだ。

変えなきゃいけないのは、生活の中でのインターネットの比重じゃなくて、私のインターネット観なのかもしれない。

Netflixで見ているのは、映画鑑賞だし、Youtubeだってテレビと変わらない。Kindleは読書だし、LineやMessengerでのチャットは長電話だし、ネットショッピングは買い出しで、SNSは井戸端会議だ。

やっていることの内容自体は、昭和のインターネットが普及していなかった頃と大して変わりはないのに、全てインターネットという、同じ世界で完結してしまうから、「今日はインターネット”しか”しなかった」と思うのかもしれない。

「ものの見方を変えれば世界は変わる」

こういう時に使うんじゃない気もするが、まあよい。どうせ利用しなきゃいけないのなら、ポジティブな態度で接しようじゃないか。

そうとなれば、明日からは、「買い物してくるわ」とネットショッピングし、「午後はゆっくり映画鑑賞です」とNetflixサーフィンを楽しみ、「人との関わりを大事にしています」と友人とくだらない画像を送り合おう。


インターネットを使った「執筆活動」、今夜はこれにて終了。

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By Haruka