NZのオンライン英語講師、Harukaです。

前回は、HelloとExcuse meしか分からない状態で現地校に入った中学1年生のわたしが、毎回授業の終わりを知らせるベルにビクッとして、教室移動は毎回オロオロしてトイレに寄る余裕もなく、ロッカーが開けられなくて全教科の分厚くて重い教科書を1日持ち歩いた、という不安しかない初日のスタート部分を書きました。

そんな不安と不安が盛りだくさんな午前を過ごし、ようやくランチタイム。初日はみんな食券をもらい、カフェテリアで食事がもらえるということを、朝まだ通訳してくれる父が一緒にいたときに知らされていました。

見よう見まねでトレーを持ってカフェテリアの列に並んだものの、自分の順番が来ても、食事を配っているおばちゃんたちの質問がひとつも聞き取れません。たくさんの生徒が待っているし、おばちゃんたちも親切に待ってくれる感じではなく“この子、英語ダメだわ”と瞬時に察して、適当にホットドッグを渡してくれました。レジでもなにか言われたけど、再び“この子、英語ダメだわ”の顔でやりとり終了。

そこからテーブルのある部屋へ。みんな友達どうしで座っているし、空いてるテーブルも見つからず。どうしたら良いか分からずウロウロしている間に、ランチタイム終了のベルが鳴り、みんなトレー返却に向かいます。

わたしのトレーの上のホットドッグは手付かず。トレー返却に向かいながら、慌てて口に押し込んで。そういえば、ずっと緊張していてのども渇いていたのに、みんなが持っているカラフルな瓶のジュースがどこで手に入るかも分からないまま。そんな状態で押し込んだホットドッグは、なかなか飲み込めませんでした

「ランチさえ、まともに食べられない」

このことは、わたしにとって相当なショックでした。そして「誰の視界にも入っていない自分の存在」を感じたこのランチタイムは、泣くこともできないくらい、不安に全身を飲み込まれた感覚になりました。

そして帰宅後、親には「楽しかったよ」と伝えて、中学1年生のわたしが家具のまだほとんどない部屋の中で誓ったこと。

「アメリカ人になってやる」

負けず嫌いのわたしは、どうしても”知らない・分からない”が悔しかった。だから日本に帰国するときには「完全にアメリカ人になった」と言えるくらい、言語も文化も吸収していようと決めたのです。

だからわたし、この翌日からすごい動き出します。【アメリカ人になるためにしたこと】シリーズのスタートです。


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By Haruka