知的障害を伴うASD・ADHDなどの障害を持つ11歳の娘と、NZ・インクルーシブ教育について。

今日は先日話題になっていた、国連が「障害者権利条約」に関わる日本の取り組み方に対して改善勧告を出したことについて書いていこうと思います。すごく簡単に言えば、「日本の教育現場はインクルーシブ教育の権利が保障されていないので改善せよ」と指摘されたわけです。

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NZの普通学校に通う障害児と親の苦悩

ニュージーランドではインクルーシブ教育が推奨されており、障害の種類や程度に関わらず、親が普通学校を望めば、学校は受け入れなくてはいけません。

その他に特別支援級がある普通学校特別支援学校も存在しますが、そちらは教育省(MoE=Ministry of Education)のアセスメントを受けて認められた上で在籍する権利が与えられます。※特別支援級の場合は理事会裁量と親の同意によって在籍可能な場合もあり

普通学校で娘が受けているサポート

私の娘はアセスメントの結果、知能的に主要教科(Reading/リーディング, Writing/ライティング, Maths/算数)で、平均 3学年”弱”遅れています。

ニュージーランドの小学校教育において、よく言われているのが「3学年分の遅れが認められて初めてサポートのための補助金が学校におりる」というものです。娘の場合は毎回「残念ながらギリギリ3年に届かなかった」と変な(?)ガッカリを、学校と分かち合うことが続いています。

親として普通学校に通わせる苦悩

娘は低学年のうちは教室から逃亡して隠れることがほぼ毎日ありましたし、クラス全体で一緒にする授業にはサポートなしではまずついていけません。そのため、娘が学校にいる間は基本的に私の心が落ち着く瞬間はありません。6年生になった今でもそれは変わりません。

  • 朝送って行ってもなかなか離れてくれない
  • 途中で学校からお迎え要請がくる
  • 終了時のお迎えに1分も遅れることができない
  • 遠足は同伴しないとどうにもならない
  • キャンプは泊まりで同伴しないとどうにもならない
  • プールの日は着替えが一人でできないから行かないといけない
  • 全校集会は拒否なので毎週金曜日は外で一緒に座らないといけない
  • イレギュラーイベントの際には対応できるようにしておく必要

これがスタンダートなので、娘の小学校入学と同時にオフィス勤務の仕事は諦めるしかありませんでした。キャリアは、この国の多くの特別支援児を持つ保護者たちが諦めることのひとつです。

これでも非常に恵まれているという事実

ただ、これでも我が家は相当ラッキーな方です。なぜかと言うと・・・

  • 学校負担で補助の先生を1日30分つけてくれている
  • 特別支援オーガナイザーの先生が優秀
  • 周りの保護者たちが娘のことをよく理解してくれている
  • 補助教員たちがほぼ全員私の友人
  • 教職員全員が娘のことをよく知っている
  • パパ・ママ友たちのサポートが絶大
  • 周りの子どもたちが娘の特性をよく理解してくれている

しかしお気づきでしょうか、これは政府のシステムが立派だからこそ恵まれたラッキーではなく、学校の裁量だったり、個人的な運によるものなのです。

それでもインクルーシブ教育を推します

私のインクルーシブ教育への個人的な思いを話しますと、よほど満足なサポートとともに提供されない限り、障害者本人とその保護者にとっては苦しいものです。同時に周りの健常発達児やその保護者たち、そして何より学校の教職員にとっても苦しいものです。

ただ、ポジティブなことを挙げるとすれば「障害者が社会に存在することがあたりまえ」という認識が、無意識のうちに根付くということです。(参考記事: インクルーシブ教育ってこういうこと?)

こちらでよく言うのは障害があるからうんぬんではなく、「これがこの人(Who he/she is)」という理解の仕方です。障害があるから劣るのではなく、障害があることもその人の一部だから、不便を感じていることに対しては手を貸し、やり方を工夫することでできるのであればそのやり方を認める、という考え方が子どもたちの中でもあたりまえに根付き、それに対して「ズルい」という子には私は出会ったことがありません。

娘はみんながパソコンでタイピングをしている横で、ipadで音声入力しますし、疲れちゃったら教室の角のソファに座って砂時計を見つめたり、スライムをにぎにぎしたりします。でも誰も文句は言いませんし、娘がみんなと同じことをしようとすれば、スッと入れてくれます。

1日単位で考えると、正直私も娘も辛い。娘は毎日「学校に行きたくない。私はみんなみたいに上手に出来ないから」と言います。でも長い目で見たとき、彼女が普通学校に存在して、一人でも多くの人に「障害がある人の存在」を知ってもらうことは、彼女の将来と人生にとっても大きな価値のあるものだと私は信じています。

だから明日も娘が大好きなおかずをお弁当箱にいっぱい詰めて、少しでも学校を楽しめるような話題を朝投げかけて、先生や保護者たちとコミュニケーションをいっぱい取って、帰ってきたときに休める心地よい家を準備して、そういう形で1日を乗り切ろうと思います。

日本の教員のみなさまの現在の負担がどれほどかを聞くと、果たしてインクルーシブ教育は可能なのか分かりません。短期的に見ればみんなが不幸になってしまうかもしれません。でもすごく長期的な目で見れば、障害を持つ人も、そうでない人も、みんなが幸せな人生を送れる大きなヒントとポテンシャルを秘めた教育であることも確かです。

私は見てみたい、日本のインクルーシブ教育とその先にあるインクルーシブ社会を。

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By Haruka