NZで主婦で母で英語を仕事にしているHarukaです。

そんな私は完璧主義者

0か100かのAll-or-Nothingな人生を長らく生きてきて、大学受験失敗就職活動失敗ダイエット失敗に至っては言わずもがな。

受験勉強なんて、歴史を1ページ目から全年号暗記しようとしてもちろん続かなくて途中放棄、だから4桁の年号は未知の世界。

受験当日は、1つでも分からない問題があると全気力喪失。センター試験も慶應も上智も、途中でマークシートを塗る気力さえ失い、試合終了

滑り止めで受かった大学は、入学時点で既に無気力状態で、初回テストで0点を取り、授業にも出席しなくなり、大学生としては1年目のGW前に既にキャンパスライフ放棄

就職活動は、思い通りの反応が返ってこないとどうでもよくなって、しかも第一志望じゃないと嫌で、第二志望の会社の最終面接は欠席した。結果、希望職種の内定が一つも取れず、大学を半年就活留年

半年卒業を先送りしてまでも続けた就活で勝ち取った就職先は、当初の希望とは全く違うものだった。途中で希望職種には就けなさそうだと察してからは、正直どうでもよくなったのだ。

それでも自立しなくてはいけないから、なんとか就職して心機一転、その会社で頂点を目指して無謀な働き方をし続けた結果、体調を崩して倒れて入院、働き続けることにドクターストップがかかった。

冗談だと思われそうだが、就活が思い通りにいかなかったリベンジとして、今度はその会社の社長の座を本気で狙って働いていた。そして文字通り無休で働き続けた結果、社長どころか後輩さえできる前に、1年で社会人生活強制終了となった。

ダイエット?もうここまで読んでくれたあなたは、どんな状態かお察しだろう。

その後、結婚して親になっても、完璧主義者であることは変わらず。しかし夫と子どもの存在により、それまでよりさらに完璧(思い通り)にいかないことの割合が増えていき、そんな現実と自身の性質との相反性に、悶々+イライラな日々を15年ほど送り続けた。

そんななか2年前、コロナによるロックダウンで当時の仕事が全キャンセルとなり、私は「この状況でもできることをせねば」と考え始めた。

そこで始めた英語レッスン。英語を教えることには十分な経験があったが、オンラインで、個人ですることはほぼ初めてだった。

そして毎回手探りで、各生徒さんのニーズを汲み取りながらレッスンを続けるうちに、これまで意識せずにしてきたあれやこれやが全て役に立っていることに気づいた。

NZ生活の中でしてきた、ご近所さんとの気軽な挨拶、私タクシー運転手だっけと思うくらい頻繁な送迎、子どもの学校での先生との心理戦、ママ友と盛り上がる芸能ゴシップなど、ツイートするにも値しない(=Nothing)ようなひとつひとつが、生徒さんにとっては価値のある情報だったり、学習ネタとなった。さらに30年遡って、アメリカで南米人クラスメイトとタコスを巡って激しく喧嘩した内容でさえ、素晴らしい学習トピックとなった。

同時に、それらの私が取るに足らない(=Nothing)と思っていたものは、一朝一夕に得られるものではなく、日々の小さな積み重ね故のものだからこそ、価値があるのだと気づいた。

100できないから0でいいやと思う気持ちは痛いほど分かるし、私はその気持ちで40年生きてきた。私の人生では1や2はもちろん、75の内容だってNothingに分類されてきていた。

でも1だと思っていたことも、見方と磨き方を変えれば実は20だったり、もしかしたら100の価値があったことだったかもしれない。そして、そもそも生きている限り、0の日なんて存在したことはない。私はそれに気づけた。

ここに辿り着くのに40年。もっと早く楽になりたかったけど、でもここで気づけたことが幸運で、そしてここまで0だと思いこんでいたものにも価値を見出せるようになったことは、とんでもなく幸運だ。

「完璧じゃない=Nothing」は、見方の問題で、それこそ機会喪失(=Nothing)だなと今は思う。

「Something=Not nothing」に気づいた完璧主義者って、その時点で一歩完璧に近づけているわけで。

私はこれからも完璧主義者でいく。

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By Haruka