先日、19歳の生徒さんに泣かされかけた。

「小室ファミリーって、名前は聞いたことあります」と、いう発言に衝撃を受けすぎたからだ。

現在アラフォーの私にとって、小室音楽は青春の代名詞だ。聞くと、どわーっと思い出が蘇り、いまだに口ずさめる。そして、同年代の友人たちはみんな似たようなものだと思う。

じゃあ、キウイの人々には、そういう自国のレジェンドがいるんだろうかと聞いてみたら、出てきたのは全て欧米のミュージシャンと曲。日本でも耳にしたことのあるもの。

つまりは、彼女たちをどわーっと記憶の渦に飲み込む曲というのは、NZだけじゃなく、アメリカでもイギリスでも、オーストラリアでも広く流れていた曲ということだ。

だから良く言えば、世界中の同年代と”Tell me why”
“Ain’t nothin but a heartache”(Back Street Boysの代表曲)
のお約束なやりとりをして、その曲とともに思い出を語れて、その語れる相手とは「ほぼ無限」に存在する。

私たちの場合、「日本」と言う世界から見れば小さい範囲で、「その時代」を「日本語」で過ごした同年代となるから、結構範囲は狭まる。だからこそ「分かるう!」がより大きな感動だし、特別感が大きい。

英語と言う言語は「使える相手が多くていいよなー」と、それをネイティブとして生まれ育つことを羨ましく思う人も多いが、私は「日本の日本語」と言う、とても限定的なこの言語を、限られた人々だけが持つ宝物だと思っている。

そんな言語を自分の子ども達とシェアできなかった(我が家はバイリンガル教育に失敗し、二人とも日本語が話せない)ことは、こういう時とても残念に思う。


そして、Body feels exitとかWow war tonightを見て、
「どういう意味?日本語?」と聞く息子に説明するのが面倒臭い。

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By Haruka